6月 江戸東京の伝統野菜

江戸っ子の食卓を支えた野菜があった

 江戸開府以来、人口増加が続いた東京は、1972(昭和47)年の「三大都市とその市街化区域内に農地は不要」という国策に因って、農地の減少が急激に加速したといわれています。2008(平成20)年、国内食料自給率のアップがうたわれたことにより、各地の伝統野菜が注目されはじめたところで東京都の自給率を顧みると、わずか1%。全都道府県のなかでも最低順位であることが明らかになりました。

 しかしながら、都市の代表である東京都にも、江戸の時代から栽培され続けてきた野菜が細々と現代に伝わっていました。それらは「江戸東京野菜」という総称で呼ばれています。

江戸ゆかりの野菜が確立

 江戸時代、宮城内および江戸市中で消費される野菜は、近郊の農村で生産されていたと記録に残されています。さらに人口増加にともなって、近在には幕府直轄の畑も設けられたそうです。

 また、今日のような物流体制が整っていなかった当時、生鮮品そのものを運搬できる距離には限界があったことは想像に難くありませんが、野菜は、タネの形で参勤交代などの際に全国から江戸へ運ばれてきたといいます。各地から集まったタネは江戸近郊で栽培され、よりおいしく育てやすい遺伝子を残すべく、原始的ではあれど選抜育種も行われました。こうして江戸とその近郊の土地の名前を冠した野菜が確立されていったのです。小松川(現江戸川区)の小松菜、亀戸(現江東区)の亀戸大根などが、その代表といえるでしょう。

 やがて街道沿いにはタネ屋が林立し、手軽な江戸土産として、江戸で確立した野菜は地方へも運ばれていきました。たとえば江戸時代に荒川区三河島で栽培されていた大型の青菜、三河島菜は、昭和初期に絶滅していました。しかし調査の結果、江戸から持ち出されたタネが仙台に渡り、仙台芭蕉菜(せんだいばしょうな)として存在していたことがわかったのです。

さまざまな立場の人々が復活と保存に努める

 ほかの地方の伝統野菜と同様に、都市の近代化やF1交配種の台頭により、姿を消しつつあった江戸の野菜。その伝統を絶やすまいと、発足した「江戸東京・伝統野菜研究会」を筆頭に、市場流通業者や飲食店、地域、生産者、そして小学校や農業高校、大学など、さまざまなグループが「江戸東京野菜」の発掘と普及について真剣な取り組みを行っています。


早稲田茗荷(写真提供/早田宰氏)

 たとえば「新編武蔵風土記稿」(1828年)に名産品と紹介されている早稲田(新宿区)のミョウガは、周辺の宅地化とともに忘れ去られたものになっていましたが、「江戸東京・伝統野菜研究会」代表の大竹道茂氏と早稲田大学の学生有志によって、2009年より捜索が開始されました。地道な調査の末、ついに2010年、早稲田界隈の民家の庭先に残るミョウガの株が発見され、練馬区の「江戸東京野菜」普及に協力する生産農家によって、見事復活を果たしたのです。まだ生産量はごく少量なものの、赤色が美しく香り高い早稲田茗荷は、東京産にこだわる料理店などに秋の味覚としてお目見えするといいます。

 一見、畑など影も形もなさそうに見える東京都。都市化の波に消されそうになりながらも、伝統野菜はひっそりと、力強く息づいていました。ほかの伝統野菜と違わず、江戸、そして東京が培ってきた風土と文化を今に伝える「江戸東京野菜」は、今後ますます、新たな品目の発掘と復活、そして普及が期待されています。

代表的な江戸東京野菜

(写真提供/江戸東京・伝統野菜研究会)

伝統小松菜

 八代将軍徳川吉宗が鷹狩りの折に食した青菜が大変おいしかったことから、土地の名を冠して「小松菜」とするようにと命じた逸話が知られています。現在全国に出回る一般的なコマツナは、チンゲンサイとの交配種で草姿も違い、葉はまばらに広がってつきます。一般的なコマツナと区別するために、在来品種のほうは「伝統小松菜」と呼んでいます。

亀戸大根

 江東区亀戸近辺で江戸時代後期よりつくられていた小ぶりな大根で、葉柄が白いことが特徴です。生では辛みがあり、かつては辛味大根のように利用されたとも。また、葉ごと浅漬けなどにして食されます。

寺島茄子

 墨田区東向島はかつて寺島と呼ばれ、名高いナスの産地でした。寺島茄子は鶏卵ほどの大きさの小ぶりなナスで、果皮はやや厚め。天ぷらや炒めものにするととろみが出て美味です。

馬込半白節成胡瓜(まごめはんじろふしなりきゅうり)

 節ごとに実がつくことを「節成り」といいます。大田区馬込あたりで生まれたキュウリで、果皮の下半分が白い特徴があります。果皮は硬く水分が少なめなので、生食よりも漬物に向いています。栽培は容易ですが、漬物の需要が減って、栽培量も減少しました。

のらぼう菜

 江戸幕府から命じられ、採油用に栽培された西洋ナバナの一種。当時は武蔵国であった川崎から五日市町(現東京都西多摩地区)、埼玉県秩父あたりでつくられていました。のらぼう菜は、そのナバナの若い茎葉を収穫して食するものです。柔らかくクセがなく、お浸しや炒めものなど幅広く利用されています。

参考文献:『江戸東京野菜 物語編』(著) 『江戸東京野菜 図鑑編』(監修)(いずれも大竹道茂氏/農文協)
江戸東京野菜通信(大竹道茂氏のブログ)

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