ハーブや精油(アロマオイル)と聞いたとき、皆さんはどんな植物を思い浮かべますか? おそらく、ラベンダーを真っ先に思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。 今日では日本でもよく知られたハーブとなりましたが、ラベンダーはヨーロッパではさまざまな機能性をもつ薬草として古くから知られ、用いられてきました。アロマセラピーの基礎を築いたルネ・モーリス・ガットフォセがその研究を始めたのも、実験中に手に火傷を負った際、とっさにラベンダー精油に手を浸したところ、傷の治りがよかったことに端を発します。そして現代でも、ラベンダー精油の薬理学的効果が再発見されたことで、アロマセラピーにおいてラベンダーは最も汎用されている植物です。 ラベンダー精油にはさまざまな薬理作用があり、さまざまな疾患に適応することが知られています。下の表1にその主なものを示します。そうしたなかで、もっとも広く知られているのが、心を落ち着かせ、身体・感情両面をリラックスさせる鎮静(リラクゼーション)作用や不眠解消効果です。 ところが最近、突然変異で生じたラベンダー‘美郷雪華’から、従来の品種とは異なった芳香成分を含むものが発見されました。芳香成分の違いが薬理作用にも影響するのか調べてみました。
表1 ラベンダー精油の主な薬理作用と適応疾患
〇薬理作用
駆風(胃腸内にたまったガスの排出を促進)、血糖降下、抗うつ、抗炎症、抗カルタ(タン、鼻水・鼻づまりなどの排出を促進)、収斂、鎮痙、鎮静、通経、皮膚軟化、癒傷、利尿
〇適応疾患
精神神経系
不眠症、心身症、うつ病、緊張やストレスが原因の頭痛、喫煙欲求
筋骨格系
運動前の筋肉痙攣、肩こり、膝の痛み、腰痛、座骨神経痛
循環器系
高血圧、動悸、静脈瘤
呼吸器系
鼻づまりによる呼吸困難、風邪、インフルエンザ、ぜんそく、気管支炎
消化器系
便秘、腹痛、消化不良、吐き気
婦人科系
月経困難症、月経不順
皮膚系
アトピー性皮膚炎、湿疹、皮膚炎、外傷、火傷
その他
緩和ケア、ヒゼンダニ除去
ラベンダーの仲間には、トゥルーラベンダー、スパイクラベンダー、前2種の雑種ラバンジンラベンダー、ウーリーラベンダー、デンタータラベンダー、ストエカスラベンダー、ピナータラベンダーなどがあります。アロマセラピーに用いる良質なラベンダー精油は、主にトゥルーラベンダー(Lavandula angustifolia=真正ラベンダー、イングリッシュラベンダー)の花と葉から抽出されます。‘美郷雪華’もトゥルーラベンダーの園芸品種です。
実験方法
・精油の成分分析
‘美郷雪華’は、秋田県美郷町のラベンダー園で発見された白花のラベンダーで、紫花品種の‘サキガケ’から突然変異で生じたと考えられています。本実験では、ラベンダー園で栽培されている‘美郷雪華’から低温真空抽出法を用いて精油を含む細胞水(セルエクストラクト)を抽出し、芳香成分を分析しました。低温真空抽出法は、水蒸気蒸留法や従来の真空蒸留法に比べて格段に低い35〜40℃の低温で行うため、精油成分の熱による変成が抑えられます。
・臨床試験
‘美郷雪華’の細胞水を、健常者にディフューザー(精油を熱を使わず空中に拡散させる機器)を使って30分間嗅がせた前後に唾液を採取し、唾液中の抗酸化能(BAP)と抗ストレスホルモンであるコルチゾール値を測定しました。
実験結果
・精油の成分分析結果
表2に‘美郷雪華’の細胞水の芳香成分分析結果を示します。‘美郷雪華’の主要成分は、抗菌作用のあるテルピネン-4-オール、α-テルピネオール、リナロール、L-ボルネオール、カンファーなどでした。ラベンダー精油における主要芳香成分は鎮静作用のある酢酸リナリルやリナロールですが、リナロールは半分程度、酢酸リナリルはごく少量しか含まれていません。
注目すべきはボルネオールとカンファーで、これらは酢酸リナリルやリナロールの鎮静作用とは逆に、血行を促進し血圧を上昇させ、中枢神経を興奮させ緊張を高める作用があります。つまり、‘美郷雪華’の細胞水は、鎮静作用と興奮作用という相反する2つの作用を併せ持っているということです。
表2 '美郷雪華’細胞水の芳香成分
検出されるまでの時間(分)
成分
細胞水の含量(%)
ラベンダー精油の成分含量(%)
7.8
1-オクテン-3-オール(マツタケオール)
0.3
11.1
1.8-シネオール
4.8
14.7
リナロール オキシド
0.6
16.0
リナロール オキシド
0.5
(酢酸リナリル)32.74
17.2
リナロール
15.8
19.8
p-イソプロピルシクロヘキサノール
0.3
20.1
カンファー
6.0
0.35
20.4
p-イソプロピルシクロヘキサノール
0.4
21.0
p-イソプロピルシクロヘキサノール
0.2
21.5
ラバンデュロール
4.5
21.7
L-ボルネオール
15.6
0.85
22.3
テルピネン-4-オール
27.4
2.61
22.5
p-シメン-8-オール
1.2
22.7
クリプトン
2.9
22.8
p-シメン-8-オール
1.0
23.2
a-テルピネオール
18.9
1.39
・臨床試験結果
‘美郷雪華’の細胞水をディフューザーでかがせる前、30分間吸入した直後、吸入終了30分後の抗酸化能を図1に示します。吸入前に比べ、吸入した直後は抗酸化能が高くなり、吸入終了30分後にはさらに高くなりました。しかし、残念ながら統計学的な有意差はありませんでした。
次にコルチゾール値の変化を図2に示します。細胞水をかがせる前と比べ、30分間吸入した直後では、唾液中のコルチゾール値は統計学的に有意な減少が認められ、吸入終了30分後ではさらに減少しました。つまり、‘美郷雪華’は人において抗ストレス作用が強いことがわかります。成分分析では鎮静作用の強い酢酸リナリルが少量しか含まれていませんでしたが、リナロールなど他の成分の働きもあり、リラックスさせる効果は十分高く保たれているようです。
ラベンダー精油を上手に使い分けよう
一般のラベンダー精油には鎮静効果、つまり心身をリラックスさせ、睡眠に誘ってくれる効果があります。ところが、‘美郷雪華’には鎮静作用と興奮作用という相反する効果があります。つまり、脳全体としてはリラックスしながらも、脳の一部は活発に活動している状態になるということです。‘美郷雪華’の細胞水を吸入した人の脳を実際に調べると、緊張時に働く交感神経とリラックスしたときに働く副交感神経の両方が働いていることがわかりました。人は緊張しすぎると、筋肉がこわばったり、思考がうまくまわらず、普段の能力が発揮できないものです。かといって、リラックスしすぎても集中力が働きません。こうしたときに‘美郷雪華’の細胞水を吸入すれば、緊張からくるストレスを軽減しながら、集中力も高められる可能性があります。ですから、受験生や陸上競技の選手にかがせれば、最高のパフォーマンスを発揮できるかもしれません。また、‘美郷雪華’の細胞水は抗菌作用も高いので、風邪や細菌による感染症予防にもなり一石二鳥です。
これまで家庭では、ラベンダー精油はぬるめのお湯に数滴たらして入浴し、一日の疲れを癒して安らかな眠りにつなげるといった使い方が一般的でした。しかしこれからは、例えば子どもが勉強に集中できるよう、勉強部屋に‘美郷雪華’の細胞水をディフューザーで拡散させるといった使い方も考えられます。ラベンダー精油はハーブ専門店などで、‘美郷雪華’の細胞水もインターネットの通信販売などで入手できるので、興味のある方はぜひ試してみてください。
参考文献
佐藤和恵、塩田清二ほか(2014)『Journal of Japanese Society of Aromatherapy』 Vol.13 No.1:024-030
塩田清二監修(2012)『〈香り〉はなぜ脳に効くのかアロマセラピーと先端医療』NHK出版
塩田清二(2017)『ガーデンセラピー講座1 アロマセラピー学』悠光堂
秋田さきがけ新聞2016年10月8日 地方版「美郷雪華アロマいかが」
ラベンダー新品種の成分と効能についてご紹介しています。
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