7月-9.日本の夏花、キキョウ
2020年の梅雨は長過ぎましたね。本来なら東京オリンピックの開催日だった日も、雨でした。ここ数年、その日に備えて「花でおもてなし」の取り組みが関東一円で行われていたのに、コロナ禍のような世界的な事情があったとはいえ、そのお披露目機会を逸してしまったのは、誰もが残念に思っていることでしょう。私自身も「みちくさ」しながらおもてなしの花を紹介したかったのにと、とても残念です。
多様なキキョウ
7月下旬、その日も私はいつも通り、傘の柄を腕に引っかけて緑の濃い公園を通り抜けようとしていました。断続的な雨の合間に、突然現れた夏の青空。いよいよ梅雨明けかと期待に胸が弾みます。
すると、見慣れた噴水がふんわりとパステルカラーに囲まれているではありませんか。なんと軽やかな景色でしょうか。
噴水の花壇に近寄ってみると、それは咲き誇るキキョウでした。
キキョウは日本をはじめ、朝鮮半島など東アジアに原生する落葉性多年草です。万葉の時代には秋の七草にも詠まれた青い星形の花は、私たちにとても身近な植物です。でも、噴水の花壇のキキョウは、私たちに馴染み深い花とは一風変わっており、あでやかなピンクだったり、白地にブルーの絞り模様だったり、二重咲き、八重咲きとバラエティに富んだ花姿をしており、キキョウの新しい魅力を見つけた気持ちになりました。
ご存じのように「秋の七草」の「秋」は立秋で、現代の暦では夏の盛りにあたるように、本来キキョウは盛夏に咲く花です。ところが現在キキョウは、5月下旬からの初夏に開花する「五月雨桔梗」と呼ばれる極早生の系統が主流で、「秋の七草」であるはずのキキョウの見ごろは2ヶ月半も前倒しになっているのです。
だから、7月下旬にキキョウが一斉に咲いているなんて、ちょっと妙に思えませんか?
そこで、この花壇のキキョウを育種した「ガーデンそよかぜ」園主で千葉大園芸学部名誉教授の安藤敏夫先生に、経緯をお尋ねしてみました。
約束の日
「7月23日にぴったり咲いたよ!」と声が弾む安藤先生。
実はこのキキョウは、東京オリンピックのおもてなしに備えて、開会式の日にぴったり開花することを目指して生まれたグループでした。前述のように、現在流通するキキョウは極早生の系統。それを植栽すれば、約束の7月23日より2か月も早く咲いてしまうのです。
そこで安藤先生は、7月下旬ごろに咲く系統を求め、今や市場には流通せず、趣味家によって維持されている晩生系統の5株を入手。そのたった5株がつけたタネをまいてみると、翌年にはすぐに多様な花が出現したそうです。
「例えば絞りや八重咲きの花など、元禄時代の園芸書に描かれた花容は、初年度にほとんど出たんだよ」(安藤先生)。
とはいえ、安藤先生の目標は「7月23日に咲くこと」。毎年、指定日から外れて咲く個体を繰り返し省いていき、その結果、2020年7月23日に申し合わせて咲く個体が、今年、公共の場にてお披露目されたというわけです。
現在、開花調整する技術はとても進化していて、だからこそ母の日などの物日に一斉に花を贈ることも可能であり、その技術が花き業界を商業的に支えてきました。しかしながら安藤先生は、選抜育種という最も基本的な手法で、指定日にぴったり合わせて開花する花を作ったのです。育種の世界の最前線にいらしゃってなおかつ、原点に立ち戻るその姿に、私は改めて凄みを感じずにはいられませんでした。
さて、安藤先生の目指すキキョウはこれで完成、完了したわけではありません。
草丈の揃い、さらなる花色、花型の多様性を目指し、安藤先生のキキョウ育種は続きます。そして江戸時代から存在しながらも、私たちが知らない個性的なキキョウがまだまだあるのだそうですから、いつかどこかで、そんなキキョウも紹介できたらいいなと思います。
長い梅雨も、猛暑もものともせず咲くのは、キキョウが日本の花だから。そしてそんな健気で可憐な日本の花の存在に気づかせてくれた安藤先生が繰り出す隠し球キキョウから、今後も目が離せません。
取材協力/ガーデンそよかぜ園主・千葉大園芸学部名誉教授 安藤敏夫、ジャパンフラワーセレクション実行協議会
- コラム|ウチダ トモコ
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園芸ライター、グリーンアドバイザー、江戸東京野菜コンシェルジュ。
園芸雑誌、ライフスタイル誌などの編集、ライターを経て、現在は主にウェブで提案および取材執筆活動中。